器量のことを「人の器」と呼ぶ。これは何か?うーむ、許容範囲があるひと?怒らない人?何?器が広い、という言葉を使う人は実は一周回って皮肉に聞こえるのでは?挽肉?皮肉。
わたしには器が一体何を指すのかは分からないが、最近思ったのは、人の身体の中には"箱"が内包されている。と、思うのだ。
箱の中に色々入る。それは自分の中の考えや外的な刺激など。思ったことをすぐに口にしてしまう人は(これを良い悪いの話ではなく)自分の箱の容量が小さいからすぐ口にしてしまう。しまっておく場所がない。
自分の思ったことをしまう分にはいい。日常のワンシーンで感じたこと、思ったこと。そういうのを吐き出すのを広義的にインプットと呼ぶ。美しいことなら芸術に。普通に会話やSNSで言語化することもあるだろう。そういうので箱の容量を空ける。
しかし、ストレス等もこれには含まれてしまう。よくあるのが嫌いな人が頭の中を占めるってヤツで、苦手なヤツのあの一言が脳にこびりついて離れなかったり、何回も思い出したり、頭の中でフルボッコにしたりしなかったり。そういうのも箱の容量を食う。
そして箱の素材もあるだろう。木製?金属製?もしかしてビニール袋?破れやすさが違うねぇ。
破れやすいとは?容量の問題でパンクするかどうか。突発的なものに耐え得るかどうか。容量がいっぱいになった時に蓋を開けられればそれでいいんだが、うまく取り出せない場合がある。ゴム製の箱ならば収縮性があるから柔軟になるんだろうけどね。ビニール袋だと耐え切れず穴が空いちゃう。
箱は人格を形成する上で「キャパシティ」を指すのだろう。人間がメンタルがやられてダメになるのはこの"箱"が壊れたとき。もしくは、楽しいことがあり過ぎて疲れる。的な感じよ。
ワイが筆を執る時は決まって実体験を伴う。
ワイはアイマスについて考えることがとても多い。担当アイドルだいすき。なんでもかんでもあることないこと有象無象アイマスくんと申します。
アイマスPになってから1年と3ヶ月くらい経過して、アイマスに触れて間も無い頃は身内に考察(?)をよく話していたものだ。ひけらかしていたわけではないが、何か閃くたびに口に出すようになった。
これはねぇ、アイマスに始まった話ではなくスタァライトやバンドリの考察をすぐに口に出すところ。大学デビューしてからぶつかる壁でメンタルやられてすぐに口に出す。高校時代もソシャゲと音ゲーのことをすぐに口に出す。中学生もポケモンの構築を…って、振り返ればキリがない。
私はずっとそういう人間だった。
しかしねぇ、ここ1年くらい振り返ると、人にすぐに話さなくなった。自分の頭の中で完結させるかメモかこうやって記事に残す。
何が変わったのか、箱の変化だろう。アウトプット方法が変わったのも感じる。
アイマスPになったことが最大のターニングポイントだと、思、う。
アイマスを通して私は「知のオタク」から「情のオタク」に変化した。これについては気が向いたら他のとこで書くかも。
自粛期間で人と関わることが滅多になったはずなのに私は人との関わり方が幾ばくかうまくなったように感じるのはこのアイマスのおかげだろう。アイマスのおかげで情のオタクになれたからだろう。
相手の気持ちを考え、行動原理が相手基準になって。会話の中で話を遮らなくなったのもこの進化のお陰に思う。
アイマスのおかげで「人」について考えることが増え、「人」を大切にし、「人」が喜ぶことが私の喜びにもなり、そう思うと相手を悲しませたくなく。そうすると自然と話を遮らなくなり、人のことを知りたくなり、人、人、ああそうだ、私は人が好きだ。一周回って厨二秒みたいなことを言っている。
バイト。人と関わらないものを始めた。考える時間が増えた作用で私の箱はより良いものになった。
箱が増え、腹の中に蓄えることが増えて。
それはアイマスのおかげで。
結果的に、人間部分の向上になったかな?
そして、この箱を良くすることがきっと、人間的価値を高めることに繋がるのだろう。
おわり