不定形備忘録

書き留めたいことがあれば更新します!10割自己満です

ふと浮かんできたアイドルマスターの幻覚

担当アイドルが数年後。今では想像できない程の大きさの舞台に立ち、最高のステージを成功させた、とする。

ライブが終わり控えに戻ってきたアイドル。

アイドルはこちらにやってくる。

何年もそのアイドルを見てきたプロデューサーの下へ。

普段ならそんなことはしない。そんなことはしないが、このステージを終えたアイドルが、感極まってプロデューサーに抱きつく。

 

その時お互いどんな反応をするのか。

おぉ、よしよしと労うかのか。

涙を流すのか。

黙って頭を撫でるのか。

 

 

 

おわり

P.S.

育Pにこの話をしたら、

年月が経ち成長した育は、今まで以上に子供らしさを垣間見せなくなるであろう

故に、刺さっていたw

夜想令嬢のステージを見て思ったこと

声優さんのライブステージの捉え方、その価値観がアップデートされたので殴り書きです。

 

夜想令嬢のステージを見て、声優のステージは一言で言えば2.5次元のライブ」でした。

 

【まとめると、声優さんが演じるキャラクターが好きだし、キャラクターを演じる声優さんが好きです】

 

発端はBlooming Cloverの恵美回。

恵美は夜想令嬢回で「こういう世界観に合わせて、自身の明るさを抑えて演じることが正解」と感じてぎこちない演技を繰り返す。その不自然な演技に監督たちは動揺。言わば元気系アイドルを素で貫いていた恵美、壁にぶち当たる。

琴葉の助けもあり『常にエドガーならどうするだろうと自問自答して役になりきれ』と心を決めた恵美。

結果、人のことを慮れて明るい恵美なりに解釈した『貧しくも心優しきエドガー』を恵美イズムで演じきった。

 

(ちなみに、莉緒は役への理解が年相応に深いため、演技パターンを複数用意して稽古に臨んでいた。この対比も美しかったね。他の回で莉緒のセクシー封印回もあるので、それもまた語りたいねぇ)

 

話を戻すと、6thSPday2の夜想令嬢のステージは、ゆきよさんが葛藤の末に演じる恵美を通して歌っているように見えまして。というか、BCのエピソードに引っ張られていた。素晴らしいステージでしたね。

 

この時に、過去の自身のライブへの見解の

 

『演者はアイドルと何年も隣を歩き息を吹き込んでくれいている。

 ましてや、お金を貰って演技をするプロだから私たちオタクの想像を遥かに超えるレベルに、アイドルのことを理解してくれいているのだろう。

 故に、ライブ中網膜に写るは声優の皆様だが、それはもはやアイドルのキャラクターそのものと捉えてよい。』

 

という考え方が更にアップデートされた。

これに加えれば、

 

『演者が声のみで演技をする際に最も考えることは、「そのキャラクターになりきって、この時この子なら何を考えるかな」と深く考えることではないだろうか。

 つまり、声優さんは(棲み分けているとは言えど)キャラクターをもう一人の自分に近い存在、憑依、投影、そのようなことをしているのではないか。

 つまりつまり…声優さんのライブは、キャラクターを3次元に通して表現している…。

 つまりつまりつまり…声優さんはキャラクターと見なしてもよいと私は考えている…が…決してアイドルの実写化には留まらない…

 そう…

 2.5次元のステージに近似されるのではないだろうか…???』

 

と結論に至った。

今までは、無理に声優さんの隣にアイドルがいるとか声優さんを声優として捉えてはいけないのかとか…面倒なことを考えながらライブ映像を見ることが多々あった。

 

 

そういうのを経て。

 

 

キャラクターでありながらキャラクターではない。

紛れもなく演者の皆様のライブである。

しかしながら、その演者さんが、誰よりもそのアイドルを考えてくださり、キャラクターのイラストが無くとも表現してくれている。

それは、原作のある舞台、ミュージカルと通ずるところがあるのではないだろうか。

 

 

そこの終着点が

 

ライブは2.5次元

 

 

でした。

1年くらいの悩みがスッと。腑に落ちました。

 

以上です。

 

 

P.S.

やーねぇ…リアルライブありきのコンテンツ出身だからミリPになってライブ映像見ると頻繁にこういうことを考えて腕組みしていたんですよ…

バンドリやレヴュースタァライトは、リアルライブはキャラの個性の一面(?)だからそんなキャラ表現の棲み分けとか、何一つ考えたことがなかったから。これが二層展開式(公式用語)の面白さですね

 

 

 

おわり

ミリオンライブ6thSPとプロメアを見て ~百瀬莉緒編~

GW最終日の夜、こんな記事を書いております。ネタバレありです。サーセン

書きたいことは、当記事の後半の太字以降です。うぇぇww

 

 

ミリオン6thSPの両日とプロメアを見ました!!

 

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最高でした。特にミリ6thのSSAは、このライブに出会わなければミリPとして今日を過ごしていなかったであろう、そんなライブだったので。改めて見て感じるものが違いましたね。

ミリPになってから2年弱、ずっと担当を中心に色々楽しんできたんで。ライブ映像もすべて見たことあるうえでの今回の。よかった。

莉緒が、特によかったです。

day1のオーディナリィクローバー、day2の夜想令嬢、シャルシャロとの一瞬のコラボ等。莉緒の見せ場は多数ありまして。

莉緒って映える女でした。

莉緒ってスペックが高く、情のアツさや器の大きさ、大人ゆえの経験値の多さから、仕事へのアプローチが丁寧だって印象があって。BCの夜想令嬢まわりのエピソードでも、自分なりに演技パターンを複数用意して稽古に臨む様子が印象的でした。

そんな莉緒の、「この人ならこうするだろう」っていう考え方(なのかな?)でかなり演技への適正が高いと思っているところがあって。
演技のプロの声優さんで、莉緒と7年くらい一緒に歩いてくださっているりか姉が「莉緒ならこんな演技をするのでは」と考えてあのステージがあったのではないか?みたいな。

夜想令嬢を実写舞台化したらこんな感じになるんだろうな。って、感じでした。(まとめ)

莉緒のこと、それから6thSPの所感についてはまた他に記事を作って語れればと思いますね、はい。

 

そんな莉緒がね。

 

プロメア見てたら主役のひとりがリオってキャラクターなのよ、、、、

 

名前聞いて、莉緒の顔思い浮かんで顔が真っ赤になっちゃった。

そこでさ。

莉緒をリオに重ねました。

 

~ここから妄想~

莉緒へ、アクション映画を演じる仕事を私が取ってきて、その作品名がプロメア。燃える作風でもクールな主役級のキャラで、熱いものを秘める、そんなキャラ。

莉緒はゆーりくん(空猫珈琲店)を演じた経験があり、演技の幅を広げようと取ってきました。
そう思うとねぇ…莉緒がリオっていうクールな中性的美少年を演じてる・・・!って嬉しくなって。

莉緒が演じてるのかっこよすぎる・・・・・・・・・。

アツいぜ!アツい!莉緒!かっこいい!莉緒~~~~!!

 

ん?

あれ?

 

キスシーンじゃん。

終盤のキスシーン、、、、、、、、。直視できねえよ、、、、。

 

莉緒が…演技でも…キスするのは…キッッッッッツイ…。

いや?莉緒に恋愛感情はないし?これは仕事って分かってるよ?

莉緒の可愛らしいイメージや、大人の恋愛をするちょっと幼さの残る女性のキュンキュンする恋愛模様なんかを彷彿させるステージ。それでいてセクシーもちゃんとイケる。そんなアイドル百瀬莉緒が…キスシーンは…

物議を醸すだろう……………。。。

うううううううううううう~~~~。莉緒…

莉緒…

そんな気持ちが滲み出てるのが莉緒にバレて、

「なに~?プロデューサーくんドキドキしちゃった?嫉妬しちゃった?大丈夫よ、これは仕事でしょ?でも、少しでもキミの心が揺れてくれたなら、演技のし甲斐があったってものよ♡」

なんてさ。

莉緒~~うああああああ~~~~!!

うわああああああ感情ぐちゃぐちゃかよ…

キスシーン、カロリー高っっっ・・・・!!!!

 

私、どうすればいいんですかね???

 

 

 

 

俺歪んだ楽しみ方してて草

狂人かよ

 

 

 

 

P.S.

GW中にPOSSSESSION激がクリア付きました!!!俺様上手すぎん!?www

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それから、i want to do this keep激がAA-の高スコア!

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GW5日間中、4日間も友人が泊まりに来てくれて充実した時間を過ごせまちた。

週末には虹3rdもあるし、五月病にならない程度に仕事がんばりましょ

莉緒〜〜〜!

 

 

 

おわり

シンエヴァの感想(続)

また見てきました。週一シンエヴァ生活スタートした??

冷静になって見ると、作品として楽しむ余裕ができました。そこで感じたことをば。

 

・戦闘シーンのジオラマについて

 反宇宙で現実(リアリティ)と虚構(イマジナリー)が混じり合った後の初号機と13号機の戦闘シーンの話。

 シンジの記憶の世界であることはゲンドウの台詞から見て取れる。しかしどうしてジオラマ風で、その後ろにはスタジオの裏側のような光景が。

 これは、思うに、現実の視聴者の私達が見てみたい欲求のある戦闘シーンをイマジナリーのエヴァとキャラクター達が再現してくれてる。そういう感じなのでは。私達が戦闘シーンを見たい時にジオラマを作ってフィギュアを並べるじゃないですか?それって私達の見たいワンシーンを作っているわけで。それをやってくれたのがこのシーンなんじゃなかろうか、ね。

 ちなみに、この解釈はスタァライトからヒントを得ました。スタァライト気になった人見てみてねぇ。

 そういう意味でも、イマジナリーな世界を消した上でみんなが生き返る(?)世界をシンジは創造したんだね。

 最後に初号機から母が出てきたのは、シンジがいつか自己犠牲のインパクトを起こす時、つまり本当に本当に取り返しのつかないことが起きる際の最後の砦だったと解釈している。そうすれば、ゲンドウの「ユイ、そこにいたのか…!」の台詞も多少納得はいくか?シンジの自己犠牲が伝わった瞬間からシンジからユイが滲み出てきた、的な。子供を助けるのは親として当然、というのが庵野にとってひとつの"母の形"なのかもしれん。

・カヲルくんのこと

 終盤のカヲル君がゲンドウに代わるシーン。カヲルくんは、ゲンドウのありえた可能性のひとつなのではないか。fateで言うところのオルタサーヴァント…的な?そう考えれば、エヴァQのシンジに対する動向も頷ける。だし、エヴァQからシンジの父との対話は始まっていたとも言える。カヲルと心を通わせた経験がシンエヴァのシンジに繋がったのだろう。

 それに加持さんが渚司令と呼んで絡んでる部分も、ゲンドウのifと考えれば割とありえる絡み。

 駅のホームのシーンでカヲル(ゲンドウのif)とレイ(シンジのifでありレイの面影がある)が親しげなのも、納得か。

 渚の息子は碇でした。

・一番最後の実写周りについて

 マリさんのおかげで世界に復帰した。ホームのシンジとマリは成長していることからエヴァの呪いから解き放たれたのだろう。

 ホームの向こう側とこちら側は、リアリティとイマジナリーを区別してるのかな?

 シンジ達はリアリティの世界に来たから大人になっているが、ならエヴァの呪いから解放された他のエヴァパイロットも大人びているはずでは?

 それは簡単。イマジナリーの、単なるアニメキャラと化したから歳を取らないだけだ。俺達だって、いつだってそうだろう?画面の中の嫁は歳を取らない。そういう話をここではしているつもり。 

 シンジがリアル側に来たから走って階段を駆け上り、エンディングが流れ始め俯瞰実写シーンで走る2人も見える。

 それにね。昔、風の噂で『マリは庵野監督の奥様』ってのを見たことある。その真偽の程は私は分からないが、それなら、なるほど。なるほど…。そう思うと、beautiful worldは庵野監督自身のことと庵野監督の想う人類の美しさ(愛や希望)についてのメッセージに思えた。

 

 

以上です!!

 

追記.2021/8/7

カヲルくんが父性やゲンドウオルタ、なんて解釈をしておりました。

そういえばカヲルくんってラストでレイと2人でいたよなぁ、薄い本でも描かれてたよなぁ、と。

逆算すると、レイってユイの持つ本来の母性のシンボルなのでは?

そう考えれば、カヲルとレイはシンジにとって、両親のあるべき姿なのではないか?

その2人がくっついたって事実が、ハッピーエンド過ぎるなあ!!

シンエヴァの感想

シンエヴァのネタバレ全開の感想です。無理な人は回れ右でつ。

設定とか考察とか、そういうのじゃなくて、見終わって自分の内から湧いてきた感想をただ書きます。あんまりアニメをフィーリングで見ないタチなんだけど。柄でもなく、感覚で楽しんだ。

ちな、ワイはエヴァはおそらくほぼ見て漫画も全巻読んだ。ネットの考察勢の皆様の意見もそれなりに目を通してから、シンエヴァを観に行きました。

それでも、映画の後半についていけなかった。一番最初の、ゲンドウと冬月がセカンドインパクトの発生地の南極に行ったのかも、なんでかちゃんと説明できない程の理解力です。13号機絡み?ゲンドウの目的が南極に行けば果たされる、というのは分かるがどうしてセカンドインパクト跡地なのかが分かりません。

まぁ詳しいひとからすれば納得するんだろうけども。

 

さて、理解度の低さを説明したところで、本題です。

 

シンジがすべてを託されて南極の地下空間へ。そこで父とエヴァを通して対話をする。そんで、人類補完計画を推し進めるゲンドウの真の願いを知るシンジ。そこにミサトさんからの人工槍が届く。そして、シンジの手で”最後”のインパクトが起こる。

 

こんな話だったよね?

 

そこでさぁ。実写パートが多数写って。エヴァンゲリヲンがいない世界に書き換えられて。それで終わったじゃん…

 

それで感じたのは、『超成長したシンジが戦いの末、争いの無い世界に塗り替えた。そして、そこで生まれた世界を今私たちが生きている。』でした。

こんなことは妄想だとは分かっているんだが。

エヴァ作品の劇中で描かれた、シンジの長く壮絶な戦いがあって私たちのこの平和な世の中に生きている。そう思うと、ものすごく生きている今が愛おしく想えて、シンジが戦ってきた苦労(苦労の一言じゃ済まない)に比べれば、私たちの悩みはなんてちっぽけである。だから勇気がとてももらえる。

そう思いながら、エンディング曲のone last kissを頷きながら聴いていた。

 

そして。

 

beautiful world(ダカーポver.だっけ?うろ覚え)が流れた。

そこで初めてbeautiful worldが「自分自身」の曲に感じられた。視聴者ひとりひとり委ねられている曲だと、感じた。

 

この曲の歌詞で何度も、好きな人と共にいたい、って言ってるのよ。

そのとき、私は大切な人の顔を思い浮かべました。

 

そうしたら、ああ、シンジが作ってくれたこの世の中で、一緒にいたい人と共に過ごす。

 

これがささやかながらも、何にも負けない幸せなのだな、と感じて。

 

胸が温かくなりました。

 

 

多幸感をもっとも感じた映画でした。映画…というか、総合芸術。

以上です♪

かわいいかわいいまつり姫

シアターを覗いてみると、顔良三銃士のうち2人の姿が!

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あ、ジュリアだ かっこいいな

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!?

まつり!?

 

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それだけ言って彼女は去っていった…

不意打ちはドギマギします。

 

 

おわり